第2回シンポジウム 「ズーノシスのリスクアナリシスを考える」 研究会目次


3 BSEのリスクアナリシス
 
 筒井 俊之  動物衛生研究所
 
1. リスクアナリシスとは
  近年、食の安全性、疾病の侵入防止、防疫対策の選択などの観点から、獣医分野においてもリスク(疾病の発生や被害が起こる可能性)という言葉が頻繁に用いられるようになった。 OIE(国際獣疫事務局)の国際基準では、リスクアナリシスはリスクアセスメント、リスクマネージメントなど4つの要素から成り立っているとされ、このうちリスクの推定・評価を行うリスクアセスメントが、リスクアナリシスの核として位置づけられている。
  BSEに関して、OIEは家畜衛生に関する国際規約において、各国がリスクアセスメントを行った上でリスク軽減のために必要な措置を講じていることが、自国を評価する場合の最低条件と位置づけている。また、EUは独自のリスクアセスメント手法を用いて各国のBSE発生リスクを評価しており、日本も同様なシステムの導入を検討中である。しかしながら、これらは動物や畜産物の輸入を介してBSEが発生するリスクを直接的に推定しようとするものではなく、むしろ、各国のBSEのステータスそのものを評価しようとする意味合いが強い。
 
2. BSEのリスクファクター
  BSEにはその病原体、発病機構など未だ不明な点が多く、発生のリスクを数値化して評価する、いわゆる定量的リスク評価を実施するためには不足しているデータが多い。したがって、リスクファクターについても、今後の研究成果によって多少変更される可能性がある。
  これまで、最も重要な BSE発生のリスクファクターとして考えられているのは、感染動物由来の脳、脊髄などのたんぱく質を肉骨粉などの飼料として牛に給与することである。これは、英国において牛への肉骨粉給与を禁止することにより、発生件数が激減したことによって証明されている。その他、母子感染、牛脂の給与などの可能性も指摘されているが、これまでのところ科学的に立証されたとは言い難く、また、仮に感染が成立したとしてもこれらの影響は肉骨粉給与(クロスコンタミネーションも含め)に比較して小さいと考えられている。
  なお、 OIEではリスクアセスメントにおいて以下の要因が重要であるとしている。
 
反芻動物由来の肉骨粉や獣脂かすの牛への給与を通じたリサイクルの可能性
TSE(伝達性海綿状脳症)の病原体に汚染されたおそれのある肉骨粉の輸入
TSEに汚染されたおそれのある家畜などの輸入
国内の TSEの疫学状況
牛、羊、山羊の飼養状況
反芻動物の屍体やと畜場残渣などの利用状況、レンダリング工程、家畜飼料の加工方法
 
3. わが国のリスクをどのように考えるか
  わが国の潜在的な BSE発生リスクを直接的に推定することは難しいが、EUの発生国と比較することにより一定の推察は可能となる。BSEのリスクファクターとして、英国からの肉骨粉と生体牛の輸入をみると、EUは1990年前後にこれらを大量に輸入しており、これらの国に比較すると日本は少ない。また、日本では1996年3月以前にも配合飼料中の肉骨粉の割合は低く、英国、アイルランド、フランスなどの国に比較するとその給与量は少なかったものと推察される。他のEU発生国からの輸入、肉骨粉の加熱処理状況など他の多くの要因を考慮する必要はあるが、日本の潜在的発生リスクはEU発生国に比較して高いとは言えない。
  昨年 10月以降、と畜場でのと殺牛の全頭検査、農場サーベイランスの強化など、BSEの摘発体制は強化されており、EUで実施されているような一定年齢以上の死亡牛の全頭検査は実施されてはいないものの、発生状況をEUと比較するためのデータも徐々に蓄積されてきている。現状では、EUのデータと直接的に比較することは難しいが、これまでの日本のサーベイランス結果とEUでのサーベイランス結果を比較すると、日本の発生レベルはEU発生国に比べて高いとは言えない。
 
4. まとめ
  昨年9月にわが国で初めて BSEが確認されて以降、これまで5件の発生例が確認されている。これまでの発生の特徴は、発生例の誕生年月日が1995年12月から1996年4月の間に集中していることがあげられる。EUでは1997年以降に生まれた牛での発生が認められており、これらの感染原因の解明が重要な課題となっている。これまでのところ、わが国では1997年以降に生まれた牛での発生は認められておらず、これは偶然なのか、あるいは、近年生まれた牛での感染は起こっていないのか、今後の死亡牛の全頭検査を含めた検査結果が注目される。また、あわせて海外からの侵入リスクやわが国でのリサイクルの可能性などさらに詳細に分析していくことも必要であろう。リスクアナリシスの目的は、適切な意思決定のために判断材料を提供することであり、今後、BSEに限らず全てのズーノーシスについて実施する必要が出てくるものと考えられる。
 
5. 狂犬病予防法に基づく対策の強化
  狂犬病予防法に基づき、通常時の対策として、犬の登録、予防注射及び捕獲抑留並びに輸出入検疫を実施しているところであるが、感染症法の制定に併せて、狂犬病予防法の一部改正を行い、検疫対象動物として、新たに、猫、あらいぐま、きつね及びスカンクを追加し、輸入時対策を強化したところである。
 
 
←前のページ次のページ→


研究会目次
カウンター