第1回シンポジウム 「国内外の人と動物の共通感染症の現状と問題点」 研究会目次


4 牛海綿状脳症(BSE)の現状と今後の対策
 
 日本生物科学研究所  山内一也
 
1. BSEの起源
  これまでBSE はヒツジのスクレイピーが肉骨粉に混入してウシで広がったものと考えられてきた。2000年英国政府の調査委員会(委員長Lord Phillips)はこのスクレイピー起源説を否定したが、2001年英国政府の別の調査委員会(委員長G.Horn)はスクレイピー説の可能性は否定できないとの詳細な検討結果を発表している。
  いずれの説であっても、肉骨粉に混入したBSE病原体はウシに感染し、そのウシのくず肉が肉骨粉として別のウシへの感染源となって、大流行を起こしたという見解では一致している。

  一方、変異型クロイツフェルト・ヤコブ病(v-CJD)がBSE感染によることを示す実験成績は蓄積してきている。

 
2. BSEの発生状況
  BSEの広がりは餌を介した感染による。英国では1988年にウシの餌としての肉骨粉の使用が禁止されたが、すでに感染していたウシの発病が相次ぎ、1992年に36,000頭という最大の発生となり、以後減少し始めた。

  しかし、餌規制がブタとニワトリには適用されなかったために実際には、その餌がウシにもさまざまな経路で混入しており、すべての家畜への肉骨粉の使用が禁止された1996年になって初めて餌の安全性が確保された。

  一方、1988年にウシへの餌規制が実施されてから、英国からの肉骨粉の欧州連合(EU)、ついでEU以外の国への輸出が増大した。これは1996年のv-CJDの確認を契機に中止されたが、それまでに世界各国へBSE汚染が広げられたことになる。現在、ヨーロッパ諸国で発生しているBSE、さらに今回日本で発生したBSEは、1996年以前に輸入した肉骨粉からの感染によるものと推測されている。
 
3. ウシの間での感染防止対策
  英国では、1988年に肉骨粉の反芻動物への使用を禁止したが、その後に生まれたウシでもBSE発生は続いた。これらはBAB(Born after ban)ウシと呼ばれているが、2001年6月末までに総計52,000頭のBABウシでBSEが発生した。これはブタやニワトリ用の餌がウシの餌に混入したためと考えられている。そこで、英国では1996年に豚、ニワトリをはじめウマ、サカナへの肉骨粉の使用を全面的に禁止した。それ以後に生まれたウシでのBSEは現在のところ4頭のみである。 

  EUは、2001年に英国にみならってすべての家畜に対して肉骨粉の使用を暫定的に禁止している。

  EU諸国では2000年になってBSEの初発例または急激な増加が見られ、BSE騒ぎが再燃した。これは、市販のプリオン検査キットが利用されるようになって検出率が高まったことが一因になっている。2001年1月からは屠畜場で30ヶ月令以上のウシすべてについてプリオン検査が開始された。これにより、2001年6月までにEU全体で検査した約240万頭のウシのうち90頭がBSEと判定されている。このほとんどは健康なウシである。この検査はBSEウシが食用にまわるのを防ぐための重要な手段となる。さらに各国におけるBSE汚染の実態を明らかにし防疫対策に応用しうる点でも大きな意義がある。
 
4. 公衆衛生対策の基本
  ヒトへのBSE感染防止は、病原体の含まれる組織を食用、医薬品、化粧品などに使用しないことである。各種の対策の基本になっているのは、スクレイピーに感染したヒツジとヤギでの成績をもとに作成された臓器分類である。このうち、BSEウシで感染性が見いだされている臓器は、脳、脊髄、眼、回腸遠位部、末梢神経、骨髄である。

  医薬品・化粧品については脳、脊髄、眼、腸、扁桃、リンパ節、脾臓、松果体、胎盤、硬膜、脳脊髄液、下垂体、胸腺、副腎を原材料に用いることがEUやFDAにならって、日本でも禁止されている。この対策はスクレイピーでの病原体分布にもとづいたものであるため、現実には、BSE感染性が見いだされない組織も含まれている。医薬品・化粧品に関しては投与の経路や濃縮の可能性があることから、理論的危険性にもとづく厳重な安全対策がとられていることになる。

  食肉の安全対策として、英国では1989年に特定臓器として6ヶ月令以上のウシの脳、脊髄、眼、扁桃、胸腺、腸を屠畜場で食肉から除去する対策を実施した。さらにBSEパニックが起きた1996年に、30ヶ月令以上のウシはすべて殺処分して食用としない対策を追加した。

  EUでは、1997年に12ヶ月令以上のウシについて同様の臓器を特定危険部位として除去する方針を実施し、さらに2001年からは、30ヶ月令以上のウシについて、プリオン検査を行って陰性と確かめられたもののみを食用とする方針を決定した。
 
5.日本におけるウシ由来食品の安全対策
  食肉の安全性に関しては、EUと同様に屠畜場で30ヶ月令以上のすべてのウシについてプリオン検査が実施されることになった。これと平行して重要な特定危険部位の除去は、OIEのBSE低発生国における危険部位の考え方にもとづいて、脳、脊髄、眼、回腸の除去が行われることになる予定である。解体の際に脳や脊髄が食肉に混入しない安全手順の見直しも検討されている。
  これらの対策が確実に実施されることで、食品の安全性は確保できるはずである。
 
6.BSE清浄化への国際的枠組み
  OIEの国際動物衛生規約にはBSE清浄国の条件が示されている。その判定は、BSE発生の危険要因についてのリスク評価、関係者への教育プログラム、強制的届け出・報告体制、BSEサーベイランス体制の整備の有無などにもとづいていて、清浄国、暫定的清浄国、低発生国、高発生国の4つのカテゴリーが設定されている。清浄国の条件には、肉骨粉飼料の使用禁止が8年間以上であること、届け出・報告体制、監視システム、検査体制が7年間以上といった点が含まれている。低発生国はBSE発生が過去12ヶ月に1頭以上、もしくは100万頭のウシのうち100頭以下の場合とされている。100頭以上の場合は高発生国になる。日本は低発生国ということになる。
  この国際的枠組みのもとに着実にBSE清浄化が行われることを期待したい。
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