第1回シンポジウム 「国内外の人と動物の共通感染症の現状と問題点」 研究会目次


1 臨床医からみた「人と動物の共通感染症」の問題点
 
 東京都立駒込病院小児科   高山直秀
 
  「人と動物の共通感染症」(人獣共通感染症)は「脊椎動物と人との間で自然の状態で伝播される病気と感染」と定義されている。漠然としてわかりにくい定義はさておき、「人と動物の共通感染症」には、病原体、感染経路、臨床症状などの面で種々様々な疾患が含まれている。
  「人と動物の共通感染症」の病原体としてはウイルス(例:黄熱、狂犬病、日本脳炎)、リケッチア(例:Q熱、ツツガムシ病)、クラミジア(例:オウム病)、細菌(例:ペスト、炭疽、O157感染症)、スピロヘータ(例:レプトスピラ症、ライム病)、真菌(例:皮膚糸状菌症)、原虫(例:トキソプラズマ症、クリプトスポリジウム症)、線虫(例:トキソカラ症)、条虫(例:エキノコックス症)、さらにプリオン(例:狂牛病、変異型クロイツフェルト・ヤコブ病)までが含まれている。感染経路からみると、狂犬病のように直接動物に咬まれたり、ひっかかれたりして感染する疾患から、日本脳炎や黄熱のように感染蚊が動物から人へ伝播する病気、オウム病のように、病気の動物から排泄された病原体をほこりとともに吸い込んで発病するもの、O157感染症やクリプトスポリジウム症のように、動物の体内から排泄された病原体が、水や食物を介して人に伝播される病気、また皮膚糸状菌症のように、動物の病変部分に接触したために感染する疾患などがある。臨床症状からみると、狂犬病のように感染した動物も、人も致命的になる病気もあれば、近年マレーシアで発生したニパウイルス感染症のように本来の宿主であるコウモリは無症状で、感染した人は脳炎を発症して死亡するようなものもある。
 
  歴史的にみれば、狂犬病のように4000年以上も前から知られていた病気もあれば、エボラ出血熱やハンタウイルス肺症候群のように最近になって人間社会に出現した疾患もある。狂犬病は人間が犬を家畜化したのちに人間社会に現れ、人口が増え、犬の頭数も増えるとともに狂犬病の発生数も増加してきた。一方で、エボラ出血熱やハンタウイルス肺症候群は、人間が原野や森林の開発を進め、野生動物の生活環境を破壊し、これまでほとんど接触がなかった野生動物との距離が接近したために、発生するようになったと考えられる疾患である。
 
  これまで知られている「人と動物の共通感染症」はほとんどが動物から人に伝播される病気(動物由来感染症)であり、逆に人から動物に伝播する病気は、人型結核と赤痢以外、あまり知られていない。それは、農業にとって重要な家畜の病気は別にして、これまで動物の病気に人間があまり関心を持っていなかったためではなかろうか。たとえ、人から野生動物に何かの病原体が感染して野生動物が死亡したとしても、人間の目につきにくいうえ、病気の野生動物が発見されても、感染経路など十分調査されることが少なかったからであろう。
 
 
現時点での「人と動物の共通感染症」に関する問題点
1.   開発や自然破壊に伴って新たな「人と動物の共通感染症」が出現している(ハンタ肺症候群、エボラ出血熱、ニパウイルス感染症)。
2.   交通機関の発達により、「人と動物の共通感染症」がある地域から遠隔地に容易に持ち込まれる可能性があり、また旅行者が海外で感染して帰国後に発病する可能性もある。
3.   住宅環境の変化や人と動物の接触の仕方や程度の変化などにより新たな「人と動物の共通感染症」の発生の恐れ、あるいは発生頻度の増大が危惧される。
4.   高齢者は一般に抵抗力が減弱するため、飼育動物から「人と動物の共通感染症」を伝播されて発病する可能性が高くなると思われる。
5.   「人と動物の共通感染症」に対する医師や獣医師の関心が低い。
 
「人と動物の共通感染症」の予防策
1.   野生動物はペットとして飼育しない。これにより、未知の病原体の侵入を防ぐ。
2.   動物に触れたあとでは手洗いを励行する。これにより、経口感染や接触感染を予防する。
3.   飼育動物の排泄物を室内に放置せず、処理したあとでは手を洗う。これにより、環境の汚染を防止し、経口感染や粉塵による感染を予防する。
4.

  飼育動物に口移しで餌を与えないなど、動物との接触を節度あるものにする。これにより、飛沫感染する疾患もある程度予防することができる。

5.   飼育動物を定期的にシャンプーしたり、ブラッシングしたりして皮膚の清潔に留意する。これにより、真菌性皮膚疾患やノミなどの外部寄生虫疾患を予防する。(動物のフケなどによるアレルギー性反応の予防も期待できる)。
6.   飼育動物に調理された餌や既製のペットフードを与え、生肉を与えたり、小動物を捕獲して食べることを止めさせることによって、飼育動物が餌を介して感染する細菌性疾患や寄生虫疾患を予防する。
7.   定期的に獣医師の診察を受けて飼育動物の病気の早期発見、早期治療を心がけ、また積極的にワクチン接種を受けさせて飼育動物の感染症罹患を予防することにより、飼い主が感染にさらされる危険を減少させる。
8.

  さらに、飼い主が「人と動物の共通感染症」に関する知識を持ち、その知識に基づいて衛生的に飼育し、節度をもって飼育動物と接触することで感染の機会を減らす。

9.   外国だけで発生している「人と動物の共通感染症」が日本国内に侵入しないように、検疫制度を維持し、さらに強化する。
 
 
  自然環境の破壊が進み、野生動物と人間との距離が縮まり、また種々の動物が愛玩用に人間社会に持ち込まれている現在では、動物から人に感染する病気が新たに現れる可能性も、人から動物に感染する病原体が新たに発見される可能性もある。都市でも郊外でも人と動物との接触の機会が増え、また接触の程度も濃厚になっている現代では、人と動物が健康に共存できる方策を考え、これを実践する必要がある。
 
  また、飼育動物と飼い主がともに健康に楽しく生活していくためには、飼い主の「人と動物の共通感染症」に関する知識とそれに基づく衛生的な飼育法、節度ある動物との接触などが不可欠である。
 
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