第9回 人と動物の共通感染症研究会学術集会 研究会目次

教育講演1 国際野生動物疾病届出制と動物由来感染症対策
 
吉川泰弘
東京大学農学生命科学研究科
 
  我が国で感染症法が改正されてから約10年が経過した。新しい法律には、ヒト‐ヒト感染症以外に動物由来感染症が初めて組み込まれ、サル類を対象とした法定検疫が開始された。
  5年後の法改正の際に、ワーキンググループ(WG)により動物由来感染症のリスク評価が行われ、輸入動物を対象にリスク評価に対応した管理措置をとることになった。ハイリスクの動物(翼手目、マストミス、プレーリードッグ、ハクビシン)などが輸入禁止となり、またリスクに応じて検疫・係留措置の必要な動物(サル類の他に、鳥類のウエストナイル、鳥インフルエンザを対象とした21日間の輸出前の隔離)、その他の輸入動物一般の届出制度が導入された。輸入動物届出制により、哺乳類の輸入数は半減し、鳥類は5分の1〜6分の1に減少した。また、どちらも95%以上が繁殖動物となり、野生動物のペットとしての輸入による感染症の侵入リスクは回避できたと考えている。
  その後、研究班では動物由来感染症の一貫性のあるリスク評価を行うため、100以上の動物由来感染症に関してリスクプロファイリングを行った。病原体保有動物のカテゴリー、動物からヒトへの感染経路、病原体保有動物に暴露される可能性のあるヒトのカテゴリー分類を行い、病原体暴露可能者数(年間)を算出した。これにヒト‐ヒト感染の有無、予防法の有無、致死率の高低、生前診断法の有無、有効な治療法の有無、流行の頻度を加味して総合評価を行った。評価点の高い疾患には家畜を含めて、獣医師の届出義務を伴う疾患が多い。専門家によるリスクプロファイルの検証を受けたうえで、リスクの高い感染症から新たな対応措置を考える必要がある。
  他方、国際動物保健機関(WOAH,OIE)が、最近、国際的な野生動物疾病届出制度を導入した。これは野生動物の疾病が野生動物集団それ自身に対する脅威であることに加えて、家畜とヒトの健康にも影響を及ぼすからである。OIEがWHOと協力して、ヒトに来る前の動物由来感染症を把握しようという戦略、FAOと協力して家畜感染症の統御および食品の安全性を確保しようという戦略である。また、このほかに重要な戦略として地球環境の変化の指標、生物多様性の確保、生態系の保全がヒトの健康と福祉に重要であるという戦略から、野生動物のそのものの疾病も新しく届出制度に組み込んだ。
   ヒトの健康(Human health)、動物の健康(Animal Helath)、健全な環境(Ecological health)の3つの要素の調和が必須と考える保全医学や「一つの世界・一つの健康」(One−World One−Helth)という新しい概念に沿った制度である。北米やEUの対応、組織を紹介するとともに、わが国の取り組みに関しても、現状と展望を述べる。
 
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