第9回 人と動物の共通感染症研究会学術集会 研究会目次

9 輸入シマリス(Tamias sibiricus )におけるサルモネラ症の集団発生
 
○菊地恭乃1)、岡谷友三アレシャンドレ2)、松尾加代子3)、宇根有美1)
1)麻布大・獣医・病理、2)麻布大・獣医・公衆衛生学第二、3)ペットサン動物医療部
 
【はじめに】
  齧歯類のサルモネラ症は、急性敗血症、慢性胃腸炎およびチフス症、不顕性感染で経過するものに分類される。原因としてはSalmonella enterica の血清型である Typhimurium や Enteritidis が最も多く、後者はヒトに急性胃腸炎を引き起こす代表的な食中毒菌として公衆衛生上、重要視されている。一方、日本には年間約2万匹のリスが輸入されており(2008年度)、このうち、シマリスはペットとしてポピュラーなリスで、輸入数も多い。今回、輸入直後の若齢シマリスに化膿性肺炎を主症状とするサルモネラ症が集団発生したので、その概要を報告する。
 
【発生状況、材料と方法】
  2009年春、中国・天津市よりシマリスが輸入された。到着時より、健康状態不良の個体が多く、うち10〜20%が呼吸異常を示し、削痩、衰弱が進行し死亡した。下痢等の消化器症状を示す個体は認められなかった。その後に輸入された個体群にも同様の症状がみられたため、同年4月1日に輸入したシマリス200匹のうち42匹と、同月21日に輸入したシマリス250匹のうち20匹、計62 匹の発症した個体を対象として、病理学的検索を行うとともに、主に肺、脾臓、肝臓、盲腸内容について微生物学的検査を行った。なお、うち10匹には係留中に、抗生剤が投与された。
 
【結果】
  主たる病変は肺に観察され、その程度は臨床症状の重篤さに関連していた。肉眼所見:肺は様々な程度で暗赤色を呈し、一部の個体では出血や肉変化が認められた。また、脾腫が高率に観察された。病理組織学的所見:肺の病変部に一致して、肺胞腔内および間質に、好中球を主体とした炎症細胞が高度に浸潤し、菌塊や貪食像、壊死像もみられた。気管支上皮細胞表面および気管支内腔にグラム陰性短桿菌が多数存在。気管支腔内には好中球を主体とした壊死細胞が充満するも、上皮細胞の障害は軽微であった(化膿性肺炎)。菌は抗 Salmonella O9群抗体に陽性を示した。気管の上皮細胞表面にグラム陰性短桿菌が少数存在していた。脾臓で濾胞形成が目立ったが、菌塊や炎症細胞はほとんど認められなかった。肝臓は類洞の拡張や肝細胞の空胞変性、好中球やマクロファージの集簇が一部の個体で認められた。消化管に著変はみられなかった。また、一部の個体の大脳に細菌性脳炎がみられた。微生物学的所見:サルモネラが34/62(54.8%)、Bordetella bronchiseptica が28/62(45.2%)の割合で分離された。サルモネラは肺、脾臓、肝臓から高率に、B. bronchiseptica は主として肺から分離され、脾臓分離例は1匹のみであった。症状別サルモネラ分離状況は、重症群(n=5):100%、軽症群(n=47):57.4%、抗生剤投与群(n=10):20%であった。また、肺からのサルモネラとB. bronchiseptica のそれぞれの分離率は、重症群:80%、100%、軽症群:17.0%、44.7%であった。サルモネラの血清型として、S. Enteritidisを始めとして、他の血清型もみられた。
 
【考察】
    以上の結果より、本事例を輸入シマリスのサルモネラによる敗血症の集団発生とした。今回の事例では肺病変が重篤であったが、一般的なサルモネラ症で、肺病変を主徴とする病型は見当たらない。軽症群では肺からのサルモネラ分離率が低く、B. bronchiseptica 分離率が高かったことから、肺病変の形成にはB. bronchiseptica の関与があるものと考え、さらに、サルモネラの敗血症化にも基礎疾患としてB. bronchiseptica の感染が重要な役割を果たしていた可能性があった。S. Enteritidisは食中毒菌として、B. bronchiseptica がヒトに百日咳様の気管支炎や鼻炎を起こすことも知られている。このため、シマリスのこれらの細菌の保菌の可能性を念頭においた飼育管理が必要で、動物衛生上のみならず、公衆衛生上の十分な配慮が欠かせない。
 
←前のページ次のページ→

研究会目次
カウンター