第5回 人と動物の共通感染症研究会学術集会 研究会目次


[教育講演] 人と動物の共通感染症(検査室から)
 
保知戸和憲
株式会社エスアールエル
 
 人と動物の共通感染症「人畜共通感染症」を取り巻く環境は、ここ数年の間に大きく変化している。新興感染症、再興感染症に関する記事が毎日のように報道されているが、特に、話題性の高い新興感染症(HIV、O-157、エキノコックス、BSE、鳥インフルエンザ、など)の多くは人畜共通感染症の範疇であり、その重要性は益々高まっている状況である。開発や環境破壊により新たに出現した人畜共通感染症が、交通機関の発達により容易に広がる可能性があり、動物との日常の接触形態の変化から感染症を発症するケースも考えられる。さらに、社会の高齢化が進み、高齢者の日和見感染菌による人畜共通感染症が増大する可能性もある。人畜共通感染症の現状について検査室からという立場で考察する。
  
 検査室という立場から「人畜共通感染症」を見た場合、次のようなの問題点が挙げられる。1つ目は検査依頼側(臨床)の問題点であり、2つ目は検査側の問題点、そして、3つ目は検査データ解釈上の問題点である。
 
  2004年7月29日、飼育展示中のニホンザル(雌6歳)が死亡し、剖検所見で抗酸菌感染症(結核を含む)を疑う結節性の肺病変を認めたため、細菌および病理検査を外部検査機関に依頼した。7月31日には検査機関より肺病巣部の塗抹染色により抗酸菌を認めた旨の報告があった。この報告を受け、動物園獣医師で協議した結果、菌種同定までは時間を要するが、結核を想定し、次のような方針をとることにした。
 
  1つ目の臨床側の問題点は人畜共通感染症に対する医師や獣医師の関心が低い事に起因していることが多い。診断には、まず人畜共通感染症を疑う必要があり、問診による動物との接触の有無、接触した動物種の確認が重要である。次に疑われる感染症の検査が実施されるが、この時、検査室に検査の目的を正確に伝える必要がある。特に、パスツレラのような日和見感染菌の場合、常在菌の中にパスツレラが少数存在していても報告対象にはならないことがある。パスツレラによる感染症を疑っている旨を検査室に伝えることで、検査側もパスツレラに注意は払うことができ、検出率を高くすることが出来る。また、正しい検査結果を得るためには、適切な時期に適切な検査材料を採取することが重要である。
 
 2つ目の検査側の問題点であるが、これも人畜共通感染症に対する検査側の関心が低いことが問題である。検査室はどうしても受身になりがちだが、臨床が人畜共通感染症を疑った場合、検査の持つ意味、検査のタイミング、依頼方法、依頼材料、等を臨床に正しく伝えられなければならない。しかし、その点で検査室が十分に機能を果たしているとは言い難い。また、検査依頼が少ないため積極的な項目導入に至っていない。病院や民間検査センターで実施できる項目が限られている。
 
  3つ目の検査データの解釈における問題点は、検査の感度、特異性が検査データを解釈する上で理解されているかということである。検査方法としては、血清学的検査、遺伝子検査、培養検査、等、が利用されるが、それぞれの検査方法にはそれぞれの特性がある。検査データを解釈するためには常に考慮する必要があるが、臨床に理解して貰うのも検査室の役割である。
  
  自然環境の破壊による新たな感染症の出現、交通機関の発達による人や動物の移動、ペットとして輸入される動物の多様化、そして、世界最大の食料や家畜飼料の輸入国である日本は、海外からの人畜共通感染症の危険に直面している。また、使役動物から愛玩動物への飼育環境の変化、社会の高齢化による人的要因の変化により人畜共通感染症の危険性が飛躍的に増している現在では、検査室と臨床側が緊密に連携し、診断効率をたかめていくことが必要である。検査側としても常に人畜共通感染症を考慮し、検査体制の整備を急ぐ必要がある。
 
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