第10回 人と動物の共通感染症研究会学術集会 研究会目次

教育・特別講演7-1 狂犬病の臨床とヒト用ワクチンに関する最近の話題
 
高山直秀
東京都立駒込病院小児科
 
  狂犬病は代表的なウイルス性人獣共通感染症の一つであり,次のような特徴がある。
(1) 潜伏期が通常1〜3 ヵ月と長く,1年以上の例も6〜7%ある(発病病理的特徴)。
(2) 発病すればほぼ100%死亡する,現在まで狂犬病の救命例は6例が報告されているにすぎない(臨床的特徴)。
(3) 発病する以前及び発病初期に狂犬病ウイルス感染の有無を証明できる検査法がない。
(4) 一部の島国や半島の国々を除いて,全世界で発生しており,ほとんどすべての哺乳動物が罹患するが,地域によってウイルス伝播動物の種類が異なる(疫学的特徴)。
 
  狂犬病ウイルスは狂犬病動物の唾液中に高濃度に含まれるため,咬傷による感染がもっとも一般的な感染経路である。特殊な感染経路の例として,経気道感染例,経皮感染例が報告されているが,現在まで医学的に証明されたヒトからヒトへの狂犬病の感染例は,角膜,腎臓,肝臓などの臓器移植を介する例のみである。
  一度発病してしまった狂犬病に対する有効な治療法は確立していない。これまでに報告された狂犬病発症後の救命例は6 例に過ぎない。このうち1 例は狂犬病ワクチンや狂犬病免疫グロブリン(RIG)の投与を受けず,人工呼吸管理及びケタミン,ミダゾラムなどの投与による強力な鎮静処置を受けた後救命され,社会復帰できた。その後,同様の治療を受けて救命された例はまだ報告がない。WHO は狂犬病と確定診断できた患者に対しては苦痛を軽減する処置を中心とした緩和治療を推奨しており,人工呼吸管理などの延命措置はすべきでないとしている。狂犬病が疑わしい動物に咬まれたのち,狂犬病死を免れる唯一確実な手段は,1885 年にパストゥールがはじめて成功させた,狂犬病ワクチン接種による狂犬病曝露後発病予防である。
  WHO が推奨する主な曝露後発病予防方式は,狂犬病ワクチンを初回接種日を0 日として,0,3,7,14,28 日に接種するエッセン方式と0,3,7 日に左右の腕に,28,90 日に一方の腕に皮内接種するか,または0,3,7,28 日に左右の腕に皮内接種するタイ赤十字方式である。WHO は初日にRIG の注射も推奨しているが,RIG は日本では市販されていないので,入手困難である。狂犬病危険動物に曝露される前に,狂犬病ワクチン接種の基礎免疫(曝露前免疫)を済ませた者に対する曝露後発病予防ではRIG の投与は不要になる。したがって,曝露前免疫実施がRIG 入手困難への対策となる。
  曝露前免疫の国際標準法は狂犬病ワクチンを0,7,21(28)日に筋肉注射するか,1 ヵ所に皮内接種する方式であるが,国産狂犬病ワクチンでは0,1,6 ヵ月に皮下注射するように指示されている。本方式によれば,多くの場合,狂犬病常在地への渡航者は出国前に2 回の接種しか済ませることができない。しかし,2 回の曝露前接種でも曝露後ただちに狂犬病ワクチンの接種を受ければ,早期に抗体が産生されるため,曝露後発病予防の確実性は高まる。小規模な調査ではあるが,国産狂犬病ワクチンを,0,7,28 日に皮下注射しても,0,7,28 日に皮内接種しても,十分な抗体産生が得られることが判明している。
狂犬病の治療はきわめて困難であるが,狂犬病ワクチンによる発病予防は可能である。狂犬病常在地への渡航者に情報提供を行い,狂犬病ワクチンの普及に努めるべきである。
 
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