感染症トピックス 研究会目次


狂犬病国際シンポジウム講演要旨 和訳
 
非発生地域米国ハワイ州の経験より・・・・
   狂犬病コウモリの侵入と危機管理プランの作成

デビット・M・ササキ
米国ハワイ州厚生省公衆衛生獣医官

 
  ハワイは、これまで狂犬病がなく、また、これからも狂犬病の発生がないであろうアメリカで唯一の州である。ただし、ハワイには、他の地域で狂犬病感染源として知られる野生動物が2種存在する。マングース(Small Indian Mongoose)とコウモリ(Hoary bat)である。1912年以来ハワイには、州に入るすべてのペットについて120日間の検疫制度がある。また、ペットおよび家畜以外の哺乳類は州に入ることが許されない。
  しかし、過去40年の間に2件の事件が生じ、強力な監視・予防プログラムの重要性に関心が向けられた。1967年、狂犬病についての当時新しかった直接蛍光抗体法の訓練を検査所職員が受けて間もなく、1匹のネズミに狂犬病が発生した。2カ月間に27匹の動物が狂犬病と診断された。その後の調査により、検査結果が偽陽性であったことが判明した。この「発生」は、ハワイの州民にとって高くつき、また大きなショックでもあった。1991年、カリフォルニアから到着した船に積まれていたコンテナに潜んでいたコウモリが狂犬病と診断された。その後CDC(米国疾病制圧センター)による確認検査が行なわれている間、公表は差し控えられた。調査の結果、そのコウモリと直接接触した者で狂犬病に「曝露された」ものはないことが判明した。また、積荷ドック周辺で捕らえられた8匹のマングースも、検査の結果狂犬病について陰性であった。
  1967年の狂犬病騒ぎを受けて、Robert Worth教授は、公衆衛生修士号コースで履修中のデビット・ササキに対し、1967年の事態から生じたような混乱を防止する目的で狂犬病危機管理プランを策定するよう勧めた。狂犬病発生に対応する機関とそれら各機関の役割の特定、および狂犬病発生時の迅速かつ客観的な対応を可能にする連絡ネットワークを特定するための詳細な文書が策定された。
  危機管理プランの策定以来、それを利用する機会はなかったものの、狂犬病のコウモリの発見の際にプランの中の諸要素が実行に移された。それにより、この事件の調査およびフォローアップを円滑に実施することができた。
 
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発生国タイの経験より・・・・狂犬病との闘い−その実際と対策
シャナローン・ミトゥムーンピタ
タイ赤十字Saovabha王妃記念病院
(WHO狂犬病研究協力病院)
 
  狂犬病はヒトおよび他の哺乳動物種に対して致死的な脳炎を引き起こすウイルス性疾患である。未だにイヌの狂犬病が流行している発展途上国では、狂犬病による死亡者のほとんどがイヌから咬傷を受けて罹患している。ヒトの狂犬病ウイルス感染に対する特効的治療法はない。そのため狂犬病の臨床症状を発症した患者にとって死は避けられない。
  タイでは、イヌ狂犬病は未だに公衆衛生上の重大な問題である。タイにおけるイヌおよびヒトの狂犬病の流行は最近10年間で顕著な減少を示している。タイではヒト二倍体細胞ワクチン(HDCV)、精製ニワトリ胚細胞ワクチン(PCEC)、精製ベロ細胞ワクチン(PVRV)、および精製アヒル胚ワクチン(PDEV)などの精製狂犬病ワクチンが入手可能であり、1993年以降は完全に神経組織ワクチンと入れ替わっている。これらの安全かつ免疫原性の高いワクチンの影響は、ヒト狂犬病による死亡数の減少として現れている。多部位皮内接種法という経済的な狂犬病ワクチン接種法が従来の筋肉内接種スケジュールの代替法として承認されている。これに伴い、ヒトの狂犬病曝露後治療数は年間200,000例以上に増加している。しかしヒト狂犬病死亡数を希望通り0例とすることは極めて困難である。狂犬病曝露患者の貧困および無知など、懸念される数多くの要因により治療に遅滞が生じ、また不適切な治療となる。重篤な狂犬病曝露を受けた全ての患者には、初回のワクチン接種と同時にヒトあるいはウマ狂犬病免疫グロブリン(HRIGあるいはERIG)を投与しなければならない。現在、狂犬病免疫グロブリンは高価であり、WHOにより第III類に分類される狂犬病曝露患者全員に投与するための供給量が不足している。このため、狂犬病流行地域の住民および旅行者には曝露前予防接種を勧告し、また狂犬病流行国に住む小児への予防接種を検討しなければならない。
  イヌに対する予防接種などの動物の狂犬病の予防策に焦点を合わせるべきである。注射による狂犬病予防接種が困難な地域もあり、経口的予防接種が代替策となりうる。狂犬病予防の達成には政府の政策および有効なヒトおよび動物用ワクチンの供給の他、広範な教育キャンペーンおよび地域の協力が必要とされる。
 
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非発生国豪州の経験より・・・・動物管理について

イアン・DB・マクブライド
豪州獣医師学会都市動物管理諮問委員会委員長

 
  Australia's emergency veterinary plan(Ausvetplan)には、リッサウイルス属関連の項目が二つあり、その一つが狂犬病である。オーストラリアは日本と同様、四方を海で囲まれ、地理的に孤立しているほか、狂犬病が存在しないという点でも日本と共通している。狂犬病がオーストラリアに侵入する可能性は、合法的なルート経由と、非合法な経路で入ってくるケースとに分けて考えることができる。
  合法的なルートは、オーストラリアの厳しい検疫条件によって規制されている。
  侵入があるとすれば、非合法な手段で入ってくる可能性の方が大きいだろう。とりわけ、ヨットなどの船に乗せた犬が、狂犬病の運び屋になるケースが予想される。
  The Northern Australian Quarantine Strategyは、近隣諸国・島嶼に存在する感染症を発見するための監視システムであり、同時に、感染症が北方からオーストラリアに侵入した場合に、それをいち早く探知する役割を担っている。
  オーストラリアに狂犬病が入ってきた場合は、根絶を目指した対策がとられることになる。狂犬病が根絶できずに、風土病になってしまう可能性があることを認識しなければならない。
  狂犬病流行時には、動物とその生産物の移動に厳しい制限が課せられる。飼養者が責任を持って動物を管理することが肝要であり、迷子になった動物は処分される可能性が高い。流行時のワクチン接種には、野生動物にワクチン入りの餌を与える必要がある場合を除いては、不活性化ワクチンが採用される。
  狂犬病の根絶を目指し、感染例を突き止めるためのキャンペーンにあたっては、啓蒙活動の果たす役割が極めて重要である。どんな対策も、一般市民の協力なしに成功はありえない。
  流行期間中に動物にかまれたり引っかかれたりしたケースはすべて、報告が義務づけられている。獣医当局、保健当局、および自治体政府は緊密に協力しあい、マスコミや一般市民とも連携して事態に対処しなければならない。
  リッサウイルス属関連のもう一つの項目はオーストラリアコウモリリッサウイルス(Australian Bat Lyssavirus)である。このウイルスは現在、4種のオオコウモリと1種の食虫コウモリで感染が確認されている。
  オーストラリアコウモリリッサウイルスは、狂犬病ウイルスに非常に近いとみられているが、別個のウイルスであり、オーストラリアではこれまで2人の死亡例が報告されたにとどまる。
  Australian Animal Health Laboratories(AAHL)は、民営化されたCommonwealth Serum Laboratories(CSL)によって運営されている。AAHLはオーストラリアにおけるすべての感染症検査を行う。
  感染が疑われる症状を呈す動物から採取した新鮮脳は、標本として最適である。これは蛍光抗体法(所要時間4時間)で用いられる。他にも、狂犬病の確認、血清型や遺伝子型の同定のために、様々な検査が行われる。検査の所要時間は、検査の種類によって異なる。鑑別診断には、他の標本(新鮮標本と固定標本の両方)も用いるべきである。
  動物の検疫期間は、輸出国、過去6か月以上輸出国で飼養されていた証明、狂犬病中和抗体価(RNAT)とその測定日などの要素によって決まる。オーストラリア政府が承認していない国から、犬や猫をオーストラリアに輸送することはできない。輸入前の各種検査に先立って、マイクロチップを埋め込まなければならない。
  輸入前になされるすべての検査結果は、マイクロチップの番号とリンクさせる必要がある。これらの検査は公的検査機関で行わねばならない。条件をすべて満たしていない動物をオーストラリアに持ち込むことはできない。オーストラリア到着後も、多くの動物はさらに検疫が必要である。

  オーストラリアにおける都市動物管理(Urban Animal Management)は、州法に従って各自治体が行うべき事項である。オーストラリア憲法の定めるところでは、連邦政府が統制する事項に検疫は含まれるが、動物管理は含まれない。自治体が実施すべき州の法令は、州ごとに大きく異なる。

  マイクロチップの埋め込みを義務づけるなど高度の管理体制をとる州がある一方、犬に関する法令がほとんどない州もある。
  マイクロチップの品質、チップの埋め込み手術者、情報を管理するデータセンターに対する規制が不可欠である。
 
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世界の経験に学んで・・・・・万が一の時に備えて

井 上  智
国立感染症研究所獣医科学部主任研究官

 
  我が国は45年間にわたり狂犬病が発生していない稀少な国の一つであるが、近年、海外でイヌ等により咬傷を受け帰国後に発症予防治療を受けるヒトが増加している。また一方で、検疫対象外の野生動物を含む多様な動物が多数輸入されてきており、海外から狂犬病ウイルスが侵入しても決して不思議ではない。このような状況から、狂犬病予防法改正により2000年に輸入検疫の対象動物としてイヌ以外にネコ、アライグマ、キツネ、スカンクを加えて、野生動物の輸入による狂犬病の国内侵入阻止が強化される事となった。しかしながら、海外の狂犬病流行国からの帰国者や訪問者、もしくは持ち込まれたペットが狂犬病となった場合の対策、さらには検疫対象外である輸入コウモリ等の野生動物に対する対策については引き続き検討する必要がある。
  一方、国内における狂犬病予防対策としては、狂犬病予防法に基づき、犬の飼い主に対し犬の登録と狂犬病予防注射を義務づけるとともに、未登録・未注射の犬について都道府県等による捕獲抑留が行われている。我が国が45年間狂犬病の無発生を維持しているのはこうした国内対策と輸入検疫を推進してきた結果と言えよう。なお、犬の登録と注射などの通常時対策、更には狂犬病が発生した場合の対策は厚生労働省と地方自治体の公衆衛生部局が担当し、犬及び上述の動物の輸入検疫業務は農林水産省の動物検疫所が担当している。狂犬病が発生した際には、感染経路の疫学調査や狂犬病感染動物との接触者の調査など、国と地方自治体、厚生労働省と農林水産省といった組織間の密接な連携が必要とされるところである。
  しかしながら、狂犬病が長期間発生していない我が国では、国民はもとより、国及び自治体職員、獣医師、医師等においても、本感染症に対する十分な知識と情報が行き渡っていないため、万が一の狂犬病発生時においてパニックを起こさず迅速・適切に組織的な対応を取ることができるよう備えが必要である。
  これらの課題を踏まえて、今般、狂犬病の国内での流行を迅速に摘発・把握して適切な組織的対応を取ることができるよう、国内の狂犬病研究者、国及び地方自治体職員等からなる研究班によりガイドライン案を作成した後、厚生労働省において関係機関からの意見を踏まえ一部の改訂を行ったうえで「狂犬病対応ガイドライン2001」を作成したところである。なお、ガイドライン案の作成にあたっては、WHOやOIEの資料の他、米国のハワイ州の「狂犬病危機管理マニュアル」、CDCの「狂犬病診断指針」、米国の「狂犬病対策連邦政府会議資料」、英国農務省の「狂犬病危害評価」等を考察し参考とした。
  ガイドラインは、狂犬病発生時(注:発生が疑われるときも含む)の国と自治体の役割分担、関係機関間の連絡体制、罹患動物と接触した可能性のある動物や人への措置、材料採集、検査の具体的手順等を示すことにより、狂犬病が国内で発生した場合の組織体制、動物対策及び行政・医療機関等のための人の狂犬病発症予防等に関する総合的な「対応手引書」となっている。なお、本ガイドラインは、狂犬病発生が疑われる場合の対応について基本的な考え方を提示したものであり、関係各機関において、それぞれの実情を踏まえて本書をもとにより実践的な手引書を作成してもらうためのものである。また、ガイドラインでは国内で狂犬病が発生した際に行うべき狂犬病対策としてもっとも望ましい対応策を示しており、その中には現時点では実施困難と考えられる記載もあえて行っているが、国内の狂犬病対策には多くの課題が残されていることを明確にして、これらの課題点を克服するための議論等を今後も継続していくことを提案している。今後の議論の継続により、より望ましい狂犬病対策が実行可能となっていくことを願ってやまない。
 
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