感染症トピックス 研究会目次


わが国における犬の狂犬病の流行と防疫の歴史 7
 
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おわりに
  かくも長きにわたり人々を恐怖に陥れた狂犬病は,昭和31 (1956) 年の最終発生以来45年の時が流れ、 巷には狂犬病予防注射不要論者の声も大きいと聞く。 約270年前に長崎に初発して以来、 江戸、 明治、 大正、 昭和の各時代にわたり発生し、 犬をはじめとする幾多の尊い家畜の生命を奪い、 時として飼い主や一般市民の生命さえ奪い、 また、 防疫対策のため撲殺された多くの犠牲犬のうえに今日の清浄化が達成されたという歴史を振り返るとき、 わずか数十年の空白だけで歴史を封印してしまうのは、 余りにも軽薄というべきではないだろうか。
 
  いま、 ヨーロッパその他の地域の国々では、 野生動物の狂犬病の防疫に努力しているし、 また家畜についても口蹄疫や狂牛病が蔓延し、 国際防疫が推進され、 貿易上の支障も大きくなっているという。 平成12 (2000) 年に、 わが国にも92年振りという口蹄疫が九州と北海道に発生を見たばかりである。
 
  航空機の発達や貿易の発展による地球レベルの活動が日常的に行われている世界の中で、 清浄国がわずかしかないという現実を前にして、 犬の狂犬病予防のためのワクチン接種費の支出を惜しむことが世界に冠たる経済大国である日本の市民として正しいことといえるであろうか。
 
  一方、 明治以降の近代国家への発展途上で、 日本人は動物愛護思想が乏しいと欧米先進国から非難されてきた経緯がある。 しかし、 歴史を紐解いてみると、 予防対策のために犠牲となった野犬の供養碑建設に多くの市民が募金を寄せ、 ましてやその募金運動を警察署が行い募金を受け付けて碑を建立したという、 今日では想像できないような市民運動の歴史を知れば、 動物の生命に対する日本人の情念は、 決して愛護思想不毛の民であると非難されるような存在ではなかろう。
 
  狂犬病の流行と防疫の歴史を顧みるとき、 狂犬病の予防注射は愛すべき犬の生命を守り、 飼い主自身の生命を守り、 市民全体の生命を守る大切な保険と考えるべきことを、 改めてここに強調したい。
 
  終りに、 本稿執筆にご助言、 ご協力をいただいた本会理事の清水明氏 、 勝山脩氏 、 小佐々学氏をはじめ、 各種情報の提供をいただいた 「Do の会 (関東越動物愛護行政担当者会)」 会員諸氏にたいし謝意を表する次第です。
 
文献
  1. 源 宣之:新編獣医微生物学、 養賢堂 (1989)
  2. 坂本 勇:明治期前の狂犬病史考、 日本獣医史学雑誌21号 (1986)
  3. 両郡古談、 大分県立図書館所蔵
  4. 田中丸治平:狂犬病論、 吐鳳堂書店 (1917)
  5. 高山直秀:ヒトの狂犬病、 時空出版 (2000)
  6. 草間伊助 (筆記):大阪市史第五、 大阪市役所 (1927)
  7. 齋藤月岑:増訂武江年表、 国書刊行会 (1925)
  8. 野呂元丈:狂犬咬傷治方、 鈴木俊民再刊・大坂書林 (1756)
  9. 諸触控目録、 山口県文書館所蔵
  10. 当用諸記録提要、 長州萩藩記録
  11. 安宗夢宅:荘内昔雑話 (夢宅年代記) 写本 (1819) 、 酒田市市史編纂室蔵
  12. 重田鐡夫:荘内史料 (1917)
  13. 村松藩民政史料、 見附市史編纂資料 (1976)
  14. 松本 明・松本明知:津軽の医史、 津軽書房 (1971)
  15. 富士川游:日本医学史、 日新書院 (1941)
  16. 岸 浩:改定●狗傷考、 私家本 (1969)
  17. 中島 覚:神奈川県狂犬病予防概史 (1973)
  18. 警視庁衛生部:東京府下狂犬病流行誌、 警眼社 (1938)
  19. 獣疫調査所:日本帝国家畜伝染病予防史 (明治編) (1935)
  20. 白井恒三郎:日本獣医学史、 文永堂 (1944)
  21. 獣疫調査所:日本帝国家畜伝染病予防史 (大正・昭和第一編) (1939)
  22. 千葉毎日新聞記事、 昭和2年6月19日付
  23. 上木英人:東京 狂犬病流行誌 (1968)
  24. 埼玉県衛生部公衆衛生課・埼玉県獣医師会復刻:埼玉県狂犬病流行史 (1953)
  25. 千葉県警察部衛生課:千葉県家畜衛生要覧 (1928)
  26. 剣持計夫:近世越後と佐渡の家畜誌 (1994)
  27. 剣持計夫:新潟県における江戸時代の狂犬病流行資料の調査、 日本獣医史学雑誌31号 (1994)
  28. 橋本堯尚:北海道史年譜、 書肆尚古堂 (1930)
  29. 厚生省・日本獣医師会:狂犬病予防法30周年記念 狂犬病予防の歩み (1980)
 
 
Summary
History of Epidemics and Prevention of Rabies in the Dog in Japan
TOJIMBARA Kageaki
 In the old law, "Yoro Ritsuryo" which was promulgated in 717A.D., Nara period、 we can find the article on the duty of sacrifice of rabid dogs. Also we can find the article on the duty of holding of the rabid dogs in leash in the regulation, "Shorui Awaremi no Rei" which was promulgated in 1692, Edo period. These records do not directly mean the prevalence of rabies in the dog in these periods, however, it is supposed that there might be a small scale prevalence.
 The first record of the prevalence of rabies in the dog in Japan can be found in "Ryogun Kodan". The prevalence was originated in Nagasaki, the western part of Kyushu, and was an only trading port with overseas countries in 1732, then spread to oita, the eastern part of Kyushu in the next year. According to the another historical materials, this prevalence lately spreaded from west to east of Honshu, main island of Japan, then four years later since the first outbreake, it reached to Edo, then twenty nine years later, it reached to the Shimokita Peninsula of Aomori, northernmost part of Honshu.

 Since this severe prevalence in Mid-Edo period, rabies had caused great damage repeatedly to the dogs, livestocks and the man for more than 220 years. Duties for prevention of rabies in Japan could be seen in "Yoro Ritsuryo" and "Shorui Awaremi no Rei" as described above.

 After Meiji Restoration in 1868, modern laws and regulations regarding the prevention of rabies were prepared. In 1873, "Tokyo Metropolitan Regulation for the Dog" ("Tokyo-fu Chikuken Kisoku"), in 1881, "Revised Regulation for the Dog" ("Kaisei Chikuken Torishimari Kisoku") came into effect. In 1892, rabies in the dog was designated legal infectious disease in "Animal Diseases Prevention Law" ("Jueki Yobo Hou"). In 1922, "Domestic Animal Infectious Diseases ControI Law" ("Kachiku Densenbyo Yobo Hou") was designated.

 In 1950, an independent "Rabies Prevention Law" ("Kyokenbyo Yobo Hou"), and in 1951, "Revised Domestic Animal Infectious Diseases ControI Law" ("Kaisei Kachiku Densenbyo Yobo Hou") were designated. In 1998, by considering the increase of the import of such animals as the cat, racoons, skunks and foxes to Japan, "Rabies Prevention Law" ("Kyokenbyo Yobo Ho") was revised, and these animals were added to the object animals.

 Since 1957, the outbreake of rabies is not found in Japan, however, there are many overseas countries where rabies is rampant. The author would like to emphasis again duties of quarantine, holding in the dog in leash and immunization by rabies vaccine are still extremely important.

 
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