2002/08/20

感染症トピックス 研究会目次

1 / 2 次のページ
 
ニパウイルス感染症 1
 
独立行政法人農業技術研究機構動物衛生研究所
山川 睦、加来義浩、筒井俊之、坂本研一
 
1 発生疫学
  マレーシア半島において、1998年10月から始まった新たな豚及び人の疾病であるニパウイルス感染症は、1999年5月に終息するまで、105名の死者(患者265名のうち)と90万頭以上の豚の殺処分をもたらした。これまでマレーシアにおいては、豚、人及び犬がこの疾病に罹患したことが知られているが、馬や猫などの他の動物についても感染豚と接触した場合に感染が成立したと考えられている。人でのウイルス性脳炎が問題となっていた時期に実施された感染源を特定するための疫学調査の結果、患者には養豚関係者が多いという事実から、人への感染は主に豚、特に発症豚との直接接触であることが明らかとなった。豚以外の動物が感染源となることは完全に否定しきれないが、大規模な豚の殺処分の実施以降に新たな感染が起こっていないことも、豚が感染源として重要な役割を果たしていることを示している。
  疫学調査によって、ニパウイルス感染症の初発地域はPerak州のイポー地域であることが示唆されたが、初発生の感染源や豚への感染ルートについては不明な点が多かった。流行地域における野生動物の抗体調査の結果、Pteropus 属のフルーツコウモリが自然宿主であると推測されたため、当初、米国のCDC(疾病管理・予防センター)がウイルス分離とPCR検査を用いた調査を実施したが、すべて陰性という結果に終わった。しかし、2000年になってマレーシア東海岸のTioman島でフルーツコウモリの尿及び唾液からニパウイルスが分離され、ついに自然界のレゼルボアが明らかとなった。以上のことから、人々がフルーツコウモリの生息地に踏み込んで養豚場を建設したことによって、コウモリの体内で眠っていたニパウイルスが豚という新たな宿主を獲得し、さらに豚を介して人や他の動物にも伝播していったと推察される。 コウモリ
フルーツコウモリ(Cynopterus Brachyotis)
 
2 伝播様式
  ニパウイルス感染症は、マレーシア半島中部に位置するPerak州を初発地域とし、その後感染豚の移動によって南部のNegeri Semblian州及びSelangor州に広がったと考えられている。マレーシア半島においては従来から豚の取引が活発に行われているが、特に、初発地域のPerak州でニパウイルス感染症が流行した時期に多くの豚が他の地域に廉価で販売された結果、潜伏感染豚を介して他地域の農場に広がっていったと考えられる。これは、感染農場の近隣農場であっても、感染したおそれがある豚を導入していない農場は、その後のサーベイランスによっても感染豚が摘発されなかったことからも明らかである。また、感染のおそれのある農場から肥育用豚を導入した農家が直ちにすべての肥育豚を淘汰した場合、その後の検査においてその農場から抗体陽性豚が摘発されていないが、汚染地域から繁殖豚を導入した農場からは抗体陽性豚が摘発されていることもサーベイランスで明らかとなっている。これは、一般的に肥育豚は繁殖豚と別棟で飼養されており、肥育豚から繁殖豚に接触する機会がなかったことによるものと考えられている。
   農場内での個体間の伝播は、尿、鼻汁などを介した感染豚との直接的接触、注射針などの診療用具を介した伝搬、人工授精を介した伝搬などが原因と考えられている。また、集落内の農場間の伝播要因としては、種豚の精液、犬猫の機械的伝搬が疑われている。
  オーストラリア家畜衛生研究所における豚への感染実験の結果、豚では経口及び非経口感染が成立し、感染豚は鼻口からウイルスを排出することが証明されている。この実験においては、直接接触のない豚も感染し、10日目に鼻腔・扁桃からウイルスが回収され、14日目に中和抗体が検出されている。
  ニパウイルスは豚から豚・人及び他の動物へと伝播する。後述するように、犬から犬へ、馬から馬へ、といった豚を介さない伝播様式は認められていない。
 
3 人・豚以外の動物における感染
(1) 犬及び猫
  ニパウイルスに対する感受性が比較的高く、犬で呼吸器症状による死亡例がある。ニパウイルス感染症が豚に流行した時期に行われた流行地域であるBukit Pelanduk及びSepangにおける犬の抗体検査の結果は、それぞれ55%(36/66)、23%(6/26)であった。感染豚の胎盤を食べて感染した可能性が示唆されている。猫では24例中1例(6.4%)が抗体陽性であった。
  1999年5月中旬に、両地域において再度犬の血清学的サーベイランスが行われた。血液サンプルは発生地域を中心として8km以内の地域、8〜15kmの地域及び15km以上の地域に区分して、88頭の野犬と161頭のペット犬から採取された。これらの血清を用いた抗体検査の結果、8km以内の地域の3頭(2.8%)及び8〜15kmの地域の1頭(1.3%)が抗体陽性であった。15km以上の地域においては抗体陽性犬が認められなかったこと及び高汚染地域近郊の犬の抗体陽性率が極めて低かったことから、犬の間の感染は起こっていないこと及び犬の感染は豚での感染が高率に起こっている地域のみに起こることが強く示唆された。
  2頭の猫の感染実験がオーストラリア家畜衛生研究所で行われ、1頭は呼吸器症状を示し瀕死の状況に陥ったが、他の1頭は発熱後回復した。2頭とも尿からニパウイルスが分離された。
  流行後にPerak州の犬396頭及び猫114頭の血液サンプルがオーストラリア家畜衛生研究所に送付され、中和試験による抗体検査が行われたが全て陰性であった。
 
(2) 馬
  1999年3月及び4月に3,200以上の血清サンプルが競走馬、競技用馬から採取され、オーストラリア家畜衛生研究所でELISA及び中和試験による抗体検査が行われた。その結果47頭が飼養されているポロクラブの2頭の馬のみが抗体陽性であった。当該陽性馬は臨床症状を示しておらず、剖検においても病変は確認されなかった。サンプルが採取され、オーストラリア家畜衛生研究所に送付されたが、免疫組織化学的検査及びPCR検査においても陰性であり、ウイルスも分離されなかった。疫学調査によれば、この2頭の馬は一時的に養豚農家に係留されており、この時点で暴露されたと考えられている。これらのことから、馬から馬への感染は起こっていなかったとものと考えられている。1999年に実施された抗体調査の結果、マレーシア及びシンガポールの競走馬はすべて陰性であった。2000年に行われた3722頭の調査でも抗体は検出されなかった。 ポロクラブ
ニパウイルス抗体陽性馬が確認さ
れたポロクラブ(発生養豚場に隣接)
 
(3) その他の動物
  流行時期である1999年3月にBukit Pelanduk及びSepangにおいて、多くの動物の血液サンプルが採取されCDCで検査が行われた結果、山羊1.5%(1/65)、鳥6.4%(7/109)、齧歯類0.4%(1/278)が抗体陽性であった。しかしながら、これらの動物の間でニパウイルス感染症が広がっているという証拠は認められていない。ちなみに、自然宿主であるフルーツコウモリの抗体保有状況を調べた結果、4種類のコウモリで2.7〜26.8%、全体で9.3%(20/216)が抗体陽性であった。
1 / 2 次のページ

研究会目次
カウンター