感染症トピックス 研究会目次


新興感染症 「エーリキア症」
  
  静岡県立大学 環境科学研究所 環境微生物学研究室 大橋 典男
 
   エーリキア症(Ehrlichiosis)とは、マダニにより媒介される新興感染症で、発熱、頭痛、貧血、白血球減少、血小板減少など、風邪と似た臨床症状を示す。エーリキア症の病原体は、1〜3μmの球桿状の偏性寄生性細菌で、一般に、「エーリキア(Ehrlichia)」と呼ばれている。自然界におけるエーリキアは、媒介節足動物(マダニ)の保菌動物(哺乳類)への咬着を介して、これらの動物間をサイクルしている。そこへ人間が入り込み、マダニの刺咬を受けると、エーリキアは人体内に移行する。体内に侵入したエーリキアは、造血系細胞(単球或いはマクロファージ、顆粒球、赤血球など)の細胞質中にマイクロコロニー(寄生性小胞)を形成して、その中で増殖する(図1)。このマイクロコロニーは、「桑の実」に似ていることから、モルラ(morula)と呼ばれる(mulberry「桑の実」のラテン語が語源)。このモルラ形成がエーリキアの特徴的な増殖像である。治療法としては、テトラサイクリン系やマクロライド系抗生物質が有効であるが、免疫抑制状態にある患者や治療が遅れた患者の場合は、重篤で、時に致死的である。
  現在、注目されている「ヒトエーリキア症」は、近年米国で発見された「ヒト顆粒球エーリキア症」と「ヒト単球エーリキア症」である。最近、ヨーロッパ諸国でも双方のヒトエーリキア症の存在が確認されており、また中国では、ヒト顆粒球エーリキア症の起因菌と類似する細菌がマダニ中に存在していることが報告された。さらに2002年、韓国でも、ヒト顆粒球及び単球エーリキア症の双方の患者が見つかった。
 
ヒト顆粒球エーリキア症
  1994年、米国で発熱患者の好中球の中にエーリキア様の細菌感染が認められ、遺伝学的解析から、これがヒツジやウマの顆粒球エーリキアと酷似したものであることが明らかとなった。その後、1996年、ヒトの発熱患者からその細菌が分離され、Human Granulocytic Ehrlichiosis (HGE) agent(ヒト顆粒球エーリキア病原体)と呼ばれるようなった。そして2001年に、エーリキアの分類学上の配置換えが行われ、HGE agentはヒツジやウマのものと遺伝学的にほぼ同一で、しかもこれらの動物に感染して発症させることから、ヒツジ、ウマ、ヒトの顆粒球エーリキアは同一種とみなされ、Anaplasma phagocytophilum という学名で統合された。媒介マダニは、米国では東部全域に生息するIxodes scapularis(Blacklegged tick [クロアシマダニ])とカリフォルニア北部を中心に生息するIxodes pacificus(Western blacklegged tick [西部クロアシマダニ])で、ヨーロッパではIxodes ricinusである。保菌動物は、主にシロアシネズミ(White-footed mouse)であると考えられている。媒介マダニの I. scapularis, I. pacificus及びI. ricinusはライム病を引き起こすボレリア属(Borrelia)の細菌も媒介するため、近年エーリキアとの混合感染が問題視されている。一方、1999年に入り、米国で新しい「ヒト顆粒球エーリキア症」が報告された。これは、Ehrlichia ewingiiの感染によるもので、エイズや移植などの免疫抑制状態の患者から見つかった。しかし、その症例数は少なく、しかもヒト患者から病原体が分離されていないため、実態は不明な点が多い。
 
ヒト単球エーリキア症
  1987年、米国で最初の「ヒト単球エーリキア症」の症例が報告された。この患者の抗体検査において、イヌに重篤なエーリキア症を引き起こすEhrlichia canisと反応する抗体が検出され、当初はE. canisがヒトの単球エーリキア症の病原体であると考えられた。しかし、1991年にヒト患者から分離されたエーリキアは、E. canisとは異なり、新種であることが判明し、Ehrlichia chaffeensisと命名された。媒介マダニは、米国の南東部と中南部地域に生息するAmblyomma americanum(Lone star tick)であり、保菌動物はオジロジカ(White-tailed deer)であると考えられている。ヒト単球エーリキアは、病原性の強弱に宿主特異性を示すことが特徴的である。ヒトに発熱性疾患を起こすE. chaffeensisは、イヌでは緩和な臨床症状を示すに過ぎない。一方、1996年にベネズエラの健康人から分離されたエーリキアは、イヌを発症させるE. canisと酷似しており、E. canisの株の1つであることが示唆された。つまり、E. canisは、ヒトに対して病原性が弱く、不顕性感染を起こすらしい。
我が国では、ヒトエーリキア症の症例はまだ報告されていないが、近年、国内のマダニからE. chaffeensisと類似の細菌が分離され、ヒトエーリキア症との関連性が俄かに注目を浴びている。
 
腺熱エーリキア症
  ヒトエーリキア症としては、1956年に病原体が分離された日本の「腺熱リケッチア症」が最も古い。当初、腺熱病原体はリケッチア属(Genus Rickettsia)に属すものと思われていたが、その後の解析からエーリキアと類似することが判明し、1984年にエーリキア属(Genus Ehrlichia)に配置換えされた。さらに2001年に遺伝学的解析を基に、ネオリケッチア属(Genus Neorickettsia)への配置換えが再度行われ、現在の学名はNeorickettsia sennetsuである。媒介動物は、マダニではなく、魚類に寄生する吸虫であると推測されている。腺熱の発症例は、これまで欧米では報告されておらず、また近年、日本でもこの疾病の発生は認められていない。
 
おわりに
  上述のように2001年にエーリキアに関する分類学上の配置換えが行われた。エーリキア症(Ehrlichiosis)の病原体は、以前は、すべてEhrlichia属に属した細菌であったが、配置換え後は、Anaplasma属、Ehrlichia属、Neorickettsia属の3属に分割されている。現在でも、エーリキア症の起因菌を、一般に「エーリキア」と呼ぶため、病名と学名の統一性が崩れ、混乱しやすい状態になっているので、注意して頂きたい。
 
図1.HL-60細胞(ヒト白血病株化細胞)に感染したヒト顆粒球エーリキアの増殖像
(矢印はエーリキアのモルラ [マイクロコロニー] を示す)
エーリキア
(写真提供:静岡県立大学 環境科学研究所 環境微生物学研究室 大橋典男)
 
 
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