第9回 人と動物の共通感染症研究会学術集会 研究会目次

話題提供 野兎病菌に自然感染したトウホクノウサギ (Lepus brachyurus angustidens) の症例報告
− 野生動物の病理解剖の意義と感染リスクについて −
 
○朴 天鎬1)、中西 中1)、小山田敏文1)、佐藤久聡1)、進藤順治1)、工藤 上1)、藤田 修2)、堀田明豊2)、井上 智2)、棚林 清2)
1) 北里大学・獣医学部、2) 国立感染症研究所・獣医科学部
 
【背景と目的】
  野兎病はグラム陰性短桿菌 Francisella tularensis (F. tularensis) を原因菌とする人獣共通感染症である。野生動物の病態調査で発見された斃死ノウサギの病理学的および微生物学的検索で野兎病と診断された症例に遭遇した。本事例では当該動物の病理解剖中に執刀者が野兎病菌に感染していた可能性が高いことが判明した。今回、斃死ノウサギが野兎病と診断されるまでの経緯を紹介して、野生動物の病理解剖の意義、ヒトの感染リスクとこれに対するリスク低減対策について報告する。
 
【野兎病に自然感染したノウサギの病理所見】
 平成20年5月24日、斃死トウホクノウサギ (Lepus brachyurus angustidens、成兎、雄) が病理解剖室に搬入された。肉眼検査で皮膚に多数のダニが付着し慢性皮膚炎が見られた。解剖により脾臓、頚部リンパ節および肝臓の腫大、各臓器表面、実質に大小の白色結節が観察された。ダニを含む検体のホルマリン固定材料の病理学的検索により細菌増殖を伴う急性壊死性脾炎、リンパ節炎、骨髄炎、肝炎、肺炎、副腎炎および慢性皮膚炎が認められ、菌体が皮膚を含む諸臓器の血管やリンパ管に多数見られた。電顕によっても最大700nm長に至る多形性を示す菌体が確認された。また、抗 F. tularensis 抗体による免疫染色、菌分離およびDNA検出を行った結果、吸血および非吸血ダニ、皮膚、諸臓器病巣で抗原陽性、脾臓からは F. tularensis subsp. holarctica が分離され、脾臓と付着ダニから当該菌特異的なゲノムDNAが検出された。以上の結果から、本症例が F. tularensis subsp. holarctica に感染しており、急性多臓器不全によって死亡したことが判明した。
 
【病理解剖担当者の感染】
  当該動物の病理解剖後執刀者が高熱(37〜39℃以上)、筋肉痛、関節痛、頭痛を発し、斃死ノウサギの病理所見等から解剖時の野兎病感染を疑い抗体検査が実施され陽性となった。また、他の立会者1名に抗体陽性(不顕性感染)が認められた。なお、発症者は抗生物質の処方により治癒した。
 
【野生動物の病理解剖の意義・感染リスクと対策】
  本事例から、野生動物の病理解剖時の感染リスクが改めて認識され、感染リスクを念頭に置いた個人防護具や手順手技の検討、解剖後の健康状態の把握の必要性が示された。また、動物由来感染症の診療では、医師が患者の動物接触歴等を考慮することや獣医領域との知見・情報の共有が重要であると考えられた。野生動物で維持されている公衆衛生上重要な動物由来感染症の解明に獣医病理解剖は重要であるが担当者が罹患するリスクのあることを理解してそのリスク低減のために、野生動物の大学への搬入方法、繋留施設の整備、病理解剖のマニュアル作成等の事前対策と普及が肝要であると思われる。現在、本学では野生動物および家畜の病理解剖マニュアルを再整備してこれに準じた解剖を行っている。
 
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